世界でコロナ禍が広がる中、最低限の所得を補償するベーシックインカムが注目されていますが、これまでも多くの国々で導入に向けた社会実験が行われてきました。
海外での最近の状況と、過去の社会実験の実例等をご紹介します。
ベーシックインカム 海外の最近の状況(2020年)

新型コロナが経済に大きな影響を与えている中、各国で緊急の経済対策が講じられていますが、同時にベーシックインカムの導入を検討する国も出てきました。
まず、最近の海外の状況をご紹介します。
スペイン~最低所得保障制度を閣議で承認
スペイン政府は2020年5月29日、最低所得保障制度を閣議で承認しました。
最低生活所得(IMV:Ingreso Minimo Vital)は、一定所得に満たない家計に月額450~1000ユーロ(約5.3~11.7万円)を給付するものです。
IMVは恒久的なものですが、所得制限を設けており、全国民を対象に一律に一定金額を給付するベーシック・インカムとは、厳密には異なります。
参考:スペイン、ベーシックインカムを承認 コロナによる貧困に対応(2020年6月10日~時事ドットコムニュース)
ブラジル~低所得者向けベーシックインカム制度の創設方針発表
パウロ・ゲデス経済相は、2020年6月9日、コロナウイルス感染拡大中の低所得者救済策として、緊急援助金支払いをあと2回行うと発表しました。
さらに、若者雇用プログラムの「カルテイラ・ヴェルデ・アマレロ(CVA)」復活と、コロナ後に低所得者向け現金給付プログラム「ボウサ・ファミリア」を含めた形のより大規模な基礎所得制「レンダ・ブラジル」(低所得者向けベーシックインカム制度)を創設する方針だと宣言しました。
参考:《ブラジル》ゲデス経済相=低所得者向けベーシックインカム創設へ=緊急支援金をもう2回支払い(2020年6月10日~ニッケイ新聞)
イギリス~首相が「ユニバーサル・ベーシック・インカム」導入を検討
イギリスのジョンソン首相は2020年3月18日、「ユニバーサル・ベーシック・インカム」を導入する可能性を議会で問われたのに対し、「それは考慮すべきアイデアのひとつだ」と述べて、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた景気対策として検討する考えを示しました。
イギリス政府はすでに打ち出している、休業した人に手当を支給することなどを盛り込んだ総額4兆円規模の予算措置に加え、17日には企業の資金繰りを支援するため42兆円規模の融資の保証枠を設けるなどの対策を発表しています。
参考:ベーシック・インカム検討 英首相 感染拡大の景気対策(2020年3月19日~NHK)
過去に実施されたベーシックインカムの社会実験

過去には、多くの国々でベーシックインカムの実験が行われおり、その中で主なものをご紹介します。
ただ、低所得者対象、期限付きなどの条件付きで、「全ての人に無期限で」というベーシックインカムとは少し異なりますが、将来の実施に向けた検討材料として様々な実験が行われています。
フィンランド
フィンランドは、2017年1月から失業者2,000人を対象に毎月560ユーロ(約6万8,000円)を2年間支給する実験を開実施し、試験運用を予定通り2年間で終えました。
2020年5月6日、一連の研究成果をまとめた最終報告書を公表しました。
研究チームは、ベーシックインカムが受給者の雇用や収入、社会保障、心身の健康、幸福度、生活への満足度などに、どのような影響をもたらしたかを分析。
アンケート調査では、ベーシックインカムの受給者の方が、生活満足度が高く、精神的ストレスを抱えている割合が少なかったとの結果となりました。
また、他者や社会組織への信頼度がより高く、自分の将来にもより高い自信を示したといいます。
また、受給者を対象としたインタビュー調査では、その多くが「ベーシックインカムが自律性を高めた」と回答。
ベーシックインカムが、ボランティア活動など、新たな社会参加を促すケースもあったそうです。
2017年11月から1年間の平均就業日数は、ベーシックインカムの受給者が78日であったのに対し、失業手当受給者では73日と、受給者がわずかに多く、「ベーシックインカムが雇用にもたらす影響は小さかった」と分析されました。(ただし、実験期間中に失業手当の受給要件が変わったため、どの程度影響があったかの検証は難しいです。)
オランダ ユトレヒト市
オランダのユトレヒト市は、2017年から、福祉受給対象者となっている人の中から300人を対象とする実験を行いました。
支給額は一人当たり900(約10万千円)ユーロから、夫婦・世帯当たり1300ユーロ(約15万6千円)の範囲内でした。
対象者のうち、少なくとも50人は、無条件に「ベーシック・インカム」を受け取り、実験期間中に就職したり、他の収入口を得たとしても、引き続き「ベーシック・インカム」を受給し続ける。
比較のためにその他のグループは様々な規制や条件のもとで支給されるという形で行われました。
ケニア(アフリカ)
2016年の10月、送金プログラムで知られるGiveDirectlyという慈善団体が2016年以来、実験を行っています。
この実験は最長12年にも及び、合計で16,000人以上の人を対象にしています。
実験対象者は4グループに分けられました。
1つ目のグループは毎月22.5ドルを12年間、2つ目のグループは毎月22.5ドルを2年間だけ、3つ目のグループは2年分の金額を一括で受け取り、最後のグループは何も受け取らない。
こうして支給の条件に変化をつけながら、お金を受け取った人がそれぞれどういう行動を起こすのか、総合的なデータを集めることを狙いとしています。
初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善。このプログラム以前は、多くの村民が一日日0.75ドル以下の収入で暮らしていましたが、開始後は一日0.75ドル以下で暮らす人はいなくなりました。
また、インタビューによる調査結果では、ベーシックインカムを受け取った後に「仕事をやめるかどうか」については、多くの人が「仕事を続ける」と回答しています。
インド
インド政府は、2010年にマドヤ・パラデシュ州で6000人以上を対象にベーシックインカムの実験を行っています。それ以前にも、18カ月に渡って少額の支援実験を2度実施しています。
アメリカ
ニュージャージー州など6州で実験
1968年から1974年の間に、米国はニュージャージー、ペンシルベニア、アイオワ、ノースカロライナ、シアトル、デンバー、インディアナで約7,500人に現金を与える実験を行いました。
カルフォルニア州ストックトン市
2019年2月、28歳の市長マイケル・タブス氏がベーシックインカムを提唱。実験的に年収が46,000ドル未満の125人に対し、月500ドルを支給しました。
その結果、多くの被験者が給付金を日用品や生活費の支払いに使用したことが分かりました。
タブス氏は中間集計を経て、ベーシックインカム制度がストックトン市に貢献し、収入格差に対する国家レベルの解決策になると確信したとインタビューにこたえています。
カナダ
カナダ オンタリオ州
カナダのオンタリオ州は2017年から3年間の予定で、低所得層4000人を対象に実験をスタートしましたが、財源が不足で1年後に中断。
この実験は、雇用を得た人は支援対象外となる形になっており、制限の多い実験でした。
給付額は、年収3万4000カナダドル(約292万円)以下の人は年間最大1万7000カナダドル(約146万円)、年収4万8000カナダドル(約412万円)以下のカップルは年間最大2万4000ドル(206万円)。
カナダ マニトバ州
カナダのマニトバ州ドーフィンという小さな街で1974年から5年間、MINCOME(Minimum incomeの造語)と呼ばれた実験プログラムが行われました。
収入が一定以下であれば、参加を希望する住民全員に現金を支給。マニトバ州ドーフィンとその周辺住民約1万人のうち、3割程度がこの実験に参加しました。
一人当たり年間最大1.6万カナダドル(約131万円)の現金給付を行うというものでしたが、他に所得を持つ者に対しては所得額に応じて最大で半額(約65万円)まで引き下げられました。
1970年代は、オイルショック、スタグフレーションなどによって経済が不安定で、政治も不安定な状況下にあり、失業率も過去最大を記録。
最終的に、政権交代によってMINCOMEのプログラムは終了しました。
実験結果では、労働時間を減らした住民は、男性で1%、既婚女性で3%、未婚女性で5%に過ぎなかったことが報告されています。
また、貧困者数の減少、支給対象者の生活が安定等の効果が得られたとの結果が出ているようです。
ナミビア
2008年から2009年の間に、ナミビアのオトジベロオミタラという小さな村に住んでいる60歳未満のすべての居住者に、1人あたり月額100ナミビアドル($ 6.75)という少額の現金が給付されました。貧困ラインの約3分の1に相当する金額でした。
給付により給付前と比べて、子供の影響状態と人びとの健康状態の改善、地域の初期診療センターの利用増加、高校の投稿率の上昇、経済活動の活発化、女性の地位向上などの効果が見られたそうです。
ベーシックインカムを導入した国~ナウル共和国の失敗事例

ナウル共和国は、人口が少ない小国ですが、世界に先駆けて事実上のベーシックインカムを導入した国です。
ナウル共和国は、オーストラリアとハワイの間に位置する21平方km(東京都品川区とほぼ同じ)小島にある共和国です。人口約1.3万人(2018年)。
欧米列強国による植民地化を経て、1968年に独立を達成すると、それに伴ってリン鉱石採掘による莫大な収入がナウル国民に還元されるようになります。
その結果、1980年代には国民1人当たりのGNPが2万ドルに達しました。当時の日本の約2倍、アメリカ合衆国の約1.5倍という世界でもトップレベルの裕福な国になりました。
医療費、学費、水道・光熱費、税金に至るまで全て無料。その上、生活費が支給され、新婚には一軒家が提供されました。
国民は働かなくても生きていけるようになったため、リン鉱石採掘などの労働はすべて外国人労働者に任せるようになりました。
その結果、勤労意欲うが失せてしまい、国民は公務員(約1割)と無職(約9割)だけとなり、「毎日が日曜日」のような時代がが30年ほどつづくことになりました。
しかし、リン鉱石の枯渇により、1990年代後半には、経済は破綻状態となり、その後、再建に向け模索が続いています。
ナウル共和国は、いまだに国民の90%が失業していると言われています。
「ベーシックインカムを導入すると、働く意欲をが失われてしまう」具体例、失敗例として挙げられることが多いですが、「ベーシックインカムの内容が過剰だった」「ベーシックインカムは最低限の生活はできてもそれだけで生活するのは少し厳しい、という程度にとどめることが重要」とする意見もあります。
ベーシックインカムに関する調査や投票

EU(欧州共同体)~ベーシックインカムに関する世論調査
2016年にベーシックインカムの賛否を問う本格的な世論調査が行われました。
この調査は調査会社が28カ国のべ1万人を対象に行っています。
調査結果によれば64%の人々がベーシックインカムの導入に賛成。反対は24%でした。
賛成者の多かった国は、1位が71%でスペイン、2位が69%でイタリア、3位が63%でドイツ、4位が63%でポーランド、5位がイギリス、6位がフランス。
経済規模の大きな国を中心に賛成派が多数を占めていることが判ったそうです。
スイス~ベーシックインカムを巡る国民投票
スイスでは、2016年にベーシックインカムを巡る国民投票が行われました。結果は、否決。
ベーシックインカムの予定月額は28万円で、高すぎるという理由で国民の賛同を得られませんでした。財政が立ち行かなくなる危機感を感じた国民が多かったと思われます。
ベーシックインカム~海外の実例 まとめ
調べてみると、予想以上に多くの国で社会実験が行われていました。
今回ご紹介した以外の実験も数多くあり、検討されたものの実験の実施に至らなかった例もあります。
条件付きだったり、規模が小さかったりと、実際のベーシックインカム導入の場合に、そのまま当てはまらないものが多いですが、貧困状態の改善、経済活動の活発化など、効果を上げた実験も多いように思います。
今のところ、日本では、ほとんど動きがありませんが、今後も海外の動向に注目していきたいと思います。
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